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(165) 西濃鉄道市橋線 猿岩

さるいわ
西濃鉄道市橋線は石灰石の積込み場が延々と連なっており、どこが停車場中心なのかもよく分かりませんでした。おそらく、猿岩駅付近と思われるところは、線路が撤去されてアスファルト舗装されていました。北望しています。

165猿岩
訪問日2007-9-4
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(164) 会津鉄道 六地蔵尊(臨)

ろくじぞうそん
 平成21(2009)年8月23日と24日に、夏祭りに合わせて「六地蔵尊」臨時駅が2日間開設され、4往復停車したのが始まりです。西若松起点3K963Mに仮設のホームを設けました。バリアフリーに対応していなければ国交省の認可を得られず、ホームへの取り付きは階段ではなく勾配にしました。翌年からは「一ノ堰六地蔵尊」と駅名を変えて同一地点に設置しましたが、平成26(2014)年を最後に開設されていませんので、廃駅の仲間入りでしょうか。当初は営業キロがなく、外方の駅である南若松と門田の運賃を収受していましたが、翌年からは西若松起点4.0Kmの営業キロが設定されました。
164六地蔵尊_1

164六地蔵尊_2

164六地蔵尊_3

164六地蔵尊_4
訪問日2009-8-23



(163) 北沢産業網干鉄道 中浜田

なかはまだ
 機関区などの中枢機能は中浜田の手前、浜田機関庫にありました。かつては矩形庫やピットがあり広い構内でした。現在は、線路も撤去され面影が全くありません。写真は南望したものです。
163浜田機関庫_1
訪問日2009-11-15

(162) 北沢産業網干鉄道 上余部

かみよべ
 元々東芝専用鉄道として開業した路線で、地方鉄道に変更後もその傾向は変わりませんでした。東芝姫路工場に隣接していたのが上余部でした。昭和59(1984)年2月の国鉄貨物合理化の煽りで事実上輸送は終了し、その後暫く休止状態のまま存続するも、平成元(1989)年5月1日に廃止されました。写真は寮前踏切から南望したもので、左奥の塀の先、工場へ引込線がありました。

162上余部_1
訪問日2009-10-4


(161) 富岩鉄道 岩瀬浜〔旧〕

いわせはま
 富山ライトレールの前身はJR富山港線ですが、元々は大正13(1924)年7月23日に開業した富岩鉄道という私鉄です。その後富山電気鉄道に合併されますが、ほどなくして県下の私鉄は富山地方鉄道に大合併。しかし、富山・岩瀬浜間だけは半年余りで国鉄に買収されるというめまぐるしい変遷を辿りました。
 開業時に岩瀬港と名乗っていましたが、富岩鉄道時代の昭和13(1938)年1月1日に岩瀬浜に改称。昭和14年4月1日に、現在地へ300m程移転短縮しました。開業時は西方に回り込んでいました。空中写真を見ると、旧駅には貨物側線が国鉄末期まで残っていたようです。画像1枚目には映っていませんが、奥に進むと旧駅跡で、2枚目の鳥観図では東岩瀬港と記載されていますが、免許申請時の名称と思われます。
161岩瀬浜〔旧〕
訪問日2003-8-15

161岩瀬浜〔旧〕鳥瞰図

(160) 信越本線 脇野田

わきのだ
 信越本線の駅として大正7(1918)年11月1日に開業しましたが、北陸新幹線の上越妙高の開業に先立ち、既設線約1.7Kmを廃し、平成26(2014)年10月19日に、西方の延長約1.8Kmの新線へと変更しました。なお、実キロが86m伸びましたが、営業キロは変更されていません。約5ヶ月後の平成27(2015)年3月14日、北陸新幹線の開業およびJR信越本線からえちごトキめき鉄道への移管によって、上越妙高に改称されました。

160脇野田_1
訪問日2014-4-23

160脇野田_4
訪問日2015-3-11


160脇野田_3
訪問日2014-4-23

160脇野田_2
訪問日2015-3-11

160脇野田移設
出典:上越市新幹線・交通政策課(上越妙高駅周辺整備事務所)
プロフィール
廃止路線だけでなく、現役路線の中にも人知れず廃駅が眠っています。そんな廃駅の現況や歴史を、ご紹介したいと思います。

hossy

Author:hossy
廃駅ではありませんが、改称されて消え去った駅名も、取り上げたいと思います。

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