(132) 京都丹後鉄道 宮豊線 野田川

のだがわ
 かつては加悦鉄道の分岐駅として丹後山田と名乗っていたことに馴染みがありましたが、平成2(1990)年4月1日に野田川に改称。平成18(2006)年3月1日に合併により野田川町は消滅し与謝野町となっていましたが、駅名はそのままでした。第2種鉄道事業者がWILLER TRAINSになったのに伴い、平成27(2015)年4月1日与謝野と改称されました。与謝野駅には鉄道記念館が併設されており、加悦鉄道が現役だった頃の品が展示されています。一番下の画像は、トキ25000に付けられていたものでしょうか。
132与謝野
訪問日2015-4-9

132野田川
訪問日2011-3-7

132丹後山田
訪問日2015-4-9

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(131) 近畿日本鉄道 孔舎衛坂

くさえざか
 難読駅名の一つですが、旧石切の項で書きましたように、大きい断面の生駒トンネルを新しく掘ったために、旧線上の当駅は廃止されました。大正3(1914)年の開業時は日下(くさか)と名乗っていました。1921年頃に鷲尾に改称、昭和15(1940)年6月1日に孔舎衛坂に改称されました。ホームのすぐ先には門扉のある坑口が見えています。現在は、ホーム跡付近には入れなくなっているようです。
131孔舎衛坂20040503
訪問日2004-5-3

(130) 近畿日本鉄道 〔旧〕石切

いしきり
 石切~近畿日本生駒間の生駒トンネルは、車輌大型化のためにトンネル断面の大きい新トンネルを旧線南側に掘りました。これに伴って、旧線上の孔舎衛坂を廃止し、石切の生駒方0.3Kmにあった鷲尾トンネルを開削して、その跡地に石切を移設しました。昭和39(1964)年7月23日に竣工しています。画像1枚目は看板の陰に隠れていますが、現在の石切側から見た下りホームの登り口の跡です。2枚目は、上りホーム跡の額田方面を望んだところです。
130石切旧駅下り登り口

130石切上り20040503
訪問日2004-5-3

(129) 紀州鉄道 日出紡績前

ひのでぼうせきまえ
 現在の終点西御坊から先300m、御坊起点3.0Km地点に昭和9(1934)年8月10日に開業しました。駅間距離が短すぎたためか、昭和16(1941)年11月14日認可で廃止されています。写真は北望したもので、線路左側軽自動車が停まっている辺りに駅がありました。
129日出紡績前
訪問日2010-12-12

(128) 紀州鉄道 中学前

ちゅうがくまえ
 御坊起点1.4Km地点にありました。現在の学問が1.5Km地点ですので、すぐ近くです。写真は北望したもので、キロポストよりから位置を特定しましたが、痕跡は見出せませんでした。財部と同じ経過を辿って廃止されています。
128中学前
訪問日2010-12-12

(127) 紀州鉄道 財部

たからべ
 御坊起点0.8Km地点にあった駅です。写真は南望したもので、地元の古老からの聞き取りによると、ホームは線路右側つまり西側にあったそうです。路線開通当初からの設置駅ですが、昭和16(1941)年12月8日に廃止されています。
127財部
訪問日2010-12-12
プロフィール
廃止路線だけでなく、現役路線の中にも人知れず廃駅が眠っています。そんな廃駅の現況や歴史を、ご紹介したいと思います。

Author:hossy
廃駅ではありませんが、改称されて消え去った駅名も、取り上げたいと思います。

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