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(172) 阪急電鉄 宝塚線 服部

はっとり
 平成25(2013)年12月21日に服部から服部天神に改称されました。観光駅名化したとも言えますが、実は、明治43(1910)年3月10日に阪急宝塚線の前身、箕面有馬電気軌道が開業した時には服部天神と名乗っていましたから、約100年ぶりに先祖返りしたことになります。服部に改称した期日は定かではありませんが、およそ明治末から大正初め頃ではないかと推測しています。
172服部20110531
訪問日2011-5-31

172服部天神
訪問日2013-12-21

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(171) 薬専校前 富岩鉄道

やくせんこうまえ
 富山ライトレールの前身富山港線が買収される前の富岩鉄道時代、昭和8(1933)年7月7日に、富山口~下奥井間に開業しました。富山起点 1k425の越原(こしわら)踏切に接した北側、線路の西側にホームがありました。民家の裏にごく僅かながら敷地が残っていますが、特に遺構などなく、列車に乗っていると気付かずに通り過ぎてしまいそうです。

薬専校とは、戦後の富山大学薬学部の前身、官立富山薬学専門学校のことです。当時の駅周辺は下宿などが多くあり、また駅の東方には大正製薬の工場がかつてあり、通勤・通学者の利用が多かったそうです。
 富山電気鉄道に合併されすぐに富山地方鉄道の一部になったものの、すぐに買収されて国有鉄道富山港線となりましたが、その昭和18(1943)年6月1日に廃止されました。

 今では工場も移転し、薬学部も富山医科薬科大学となり移転、跡地は住宅地になっています。
171薬専門校前
訪問日2003-8-15

(170) 富山港線 富山港(貨)

とやまこう
 富山ライトレールの前身富山港線の大広田から分岐していた海陸連絡の貨物専用線で、昭和61(1986)年11月1日に廃止されました。展望台から北望したものです。左側は入り江になっています。
170富山港_1

170富山港_2
訪問日2003-8-15

(169) 西濃鉄道 美濃大久保

みのおおくぼ
 昼飯線の途中駅で、ここでスイッチバックをしていました。画像は終端を北望したもので、右手前が美濃赤坂方面、左手前が昼飯方面です。
169大久保

訪問日2007-9-4

(168) 西濃鉄道 昼飯線 昼飯

ひるい
 現在は美濃赤坂~猿岩間の市橋線しか営業していませんが、平成18(2006)年3月31日までは、美濃赤坂~昼飯間1.9Kmの昼飯線が存在しました。その終点です。画像奥が石灰石の積卸し設備です。

168昼飯
訪問日2007-9-4

(167) 北陸本線 富山〔旧〕

とやま
 現在は呉羽山をトンネルで直進していますが、開業時は北方を迂回して、神通川左岸の、後に開業する高山本線が分岐する旧田刈屋信号場の近くに、初代の富山駅が設けられました。神通川の付替え工事があったことや、現在の富山駅用地が未定だったため、この位置に決まりました。明治32(1889)年3月20日に開業しましたが、元々仮駅のようなものでしたから、わずか9年後の明治41(1908)年11月16日に、魚津までの開業に合わせて神通川右岸の現在地へ移転しました。跡地には平成12(2000)年8月に記念碑が建てられました。
167富山〔旧〕_1
訪問日2003-8-15

167富山〔旧〕_2

167富山〔旧〕地図
※『富山市街図』(1904年大村勝正,中田書店)に現在線を加筆


プロフィール
廃止路線だけでなく、現役路線の中にも人知れず廃駅が眠っています。そんな廃駅の現況や歴史を、ご紹介したいと思います。

hossy

Author:hossy
廃駅ではありませんが、改称されて消え去った駅名も、取り上げたいと思います。

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